野口敬 氏の書籍やBlogにみる疑問点・問題点

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まず本書は少なくと鬱病を治すために読んだり、治療方針の参考にするようなものではなく、「鬱病は甘えではないこと」「まだまだ社会的認知は少なく、偏見も多いこと」「鬱は苦しい病気であること」という非常に基本的な内容に触れられたものであるといえる。
そして表題にもあるようなメインの内容として書かれていることは病前性格に「几帳面」「真面目」などが多いことを根拠に「鬱になりやすい人ほど成功の要素に溢れている」という自己啓発に近い内容となっている。
本書からは、鬱で苦しむ人を助けたいという思いは伝わってくる。しかし、単に病前性格を根拠として鬱病=強くなれると結びつけるのは無理があり、やはり個人的には評価できない。


Amaozonの書評に書いた本書の疑問点として、「抗うつ薬はとても効くので」「豪傑タイプの人はまず鬱にはなりません」「一番大事な薬は心のケアです」 という3点の記述を挙げた。
まず抗うつ薬であるが、効果が出始めるまでにやや時間がかかり、投薬初期には効果より先に便秘、吐き気などの副作用が出ることもある。量も徐々に増やし、徐々に減らすのが一般的で、あたかも頓服のようにすぐに効くかのような記述には疑問を覚えた。
また先のエントリで述べた通り、鬱は脳の神経伝達異常によるものであり、性格により多少の違いはあっても基本的にどのような性格の人でもなり得る病気である。
そして、鬱病治療は心のケアだけでなく、投薬と環境改善を組み合わせて行うものである。心のケアだけで治ったり、ましてやこの本を一読しただけで治ったとしたらそもそも鬱病かどうか疑わしい場合もある。専門医の治療を第一とし、それ以外は医師免許を持つ者、社会的認知度の高いカウンセラーによるセカンドオピニオンを中心に考えるべきである。


次に、これまでの内容に関して支援者のBlogのコメント欄で指摘された点について反論しておくと、

うつ病の治療法が「確立」しているなら、現在これほど困った状態の人々がいるはずがない

というのは、社会的な認知度の低さや偏見による精神科の敷居の高さ、受診者数の少なさが原因である。いくら治療法が良くなってきても、受診者が全患者の1〜2割と言われている現状では困った状態の人が多いのは当たり前である。

うつ病の治療法やケアが「確立されている」と断言していますが、まず、それが現実とはかけ離れた点です。DMS等を引き合いに出して批判していますが、そもそもDMSとはなんであるのか、その発展経緯がどのようなものであり、また、現在日本の精神医学の臨床の現場においてどこまでそれが受け入れられているのか、よくわかっていないのではなかろうかとすら思えます。

については断言は多少意図的に書いたのは認める。しかし受診者が少ないがゆえに苦しんでいる人が多いわけであるから現実とは矛盾しない。
また、DSMをDMSと誤記していることからも分かるとおり、このコメントをした人物がそもそも全くDSMについて調べていないことは明白だが、あえて説明すると、DSMは1952年に初版が出されて以降、随時改定され、アメリカ合衆国を主に、世界で50万部以上が普及している精神障害の診断と統計の手引きである。ICDはWHOが定めた疾病及び関連保健問題の国際統計分類である。まっとうな精神科医や病院であればDSMやICDで診断をしていると考えるのが普通であろう。


またBlogなどネット上での活動であるが、おそらく鬱病で苦しむ人を助けたいと思っての活動ではあると思う。
野口敬 氏の提唱する「Blog療法」が認知療法に近いようにも思えるので、確かに野口敬 氏に直接アドバイスを受けたり、野口敬 氏の主催するイベントで精神的重圧が軽くなる人もいると思われる。
しかし、野口敬 氏は法律や会社についての知識や文章力に長けてはいるものの、精神医療にそれほど精通しているようには思われない。その証拠に、Blogや書籍には「鬱病には原因が必ずあり、それを無くしていけば必ず治る」というような前提で書かれていると思われる部分が非常に多く、薬に関する記述はほとんどみられない。
また、プロフィールには“意識のしくみだけでなく、社会のしくみもわかりやすく解析する「フレームアナリスト」”と書かれているが、「フレームアナリスト」という資格は無いし、ネットで調べる限り自称の肩書きであることが分かる。
さらに、単なる鬱病経験者を「カウンセラー」と呼ぶようなこともしている。カウンセラーは財団法人日本臨床心理士資格認定協会の認定資格である「臨床心理士」、国家資格である「精神保健福祉士(PSW)」、民間資格であり会社や学校などでメンタルヘルスを見る「産業カウンセラー」などが主なものであるが、一方でスピリチュアルカウンセラーなどは認定資格などはなく、名乗ったモン勝ちの世界である。カウンセラーの資格は臨床心理士PSW産業カウンセラー以外はそれほど当てにしない方がいいかもしれない。
また先にも述べたように、カウンセラーであっても医師免許が無ければ診療行為、診断行為、治療行為は行えない。
当然ながら経験者=適切な対処ができるわけでは決してない。やや大げさに言うなら「私は虫歯の経験者だから私に相談したら大丈夫」と言っているようなものだ。

また、安易に本や自称カウンセラーの言うことを鵜呑みにして、正確な診断もでないまま「自分は鬱病だ」というような人が増えると、自称うつによる甘えが横行し、本当の鬱病患者に対する世間の誤解を増長することにもなりかねない。不正確な情報はこのような弊害も生んでしまう。


Blogを通じて交流を深めていくというのは基本的には非常に良いことである。おそらく認知療法として鬱病に対しても一定の効果は期待できるであろう。しかし野口敬 氏を絶対化し、反論や批判を排除するようなコミュニティが形成されてしまうと、適切な治療から離れてズルズルと鬱病を長引かせてしまう原因にもなりかねないと感じる。
さすがにライフスペース事件のようなひどい事態にはならないとは思うが…。